ヘーゲル

ヘーゲルは1770年、シュトットガルトに生まれます。牧師を目指してテュービンゲン大学で神学を学び、この地でシュリング、ヘルダーリンと出会います。哲学に関心をもったヘーゲルは卒業後、カントと同様に家庭教師となります。1801年にイエナ大学の私講師となり、このころシェリングと共同で『哲学批判誌』を刊行します。その後はニュルンベルクのギムナジウムの校長、ハイデルベルク大学、ベルリン大学の教授といった職をこなしてゆきます。ベルリン時代においてはヘーゲル学派なども形成され、ヨーロッパ各地に大きな影響を与えました。ヘーゲルは近代の他の哲学者などとは異なり、若いころに自然科学の研究には取り組んでいません。このころの彼の関心は宗教や道徳など、人間の精神的世界に向かっています。こうした取り組みがのちのヘーゲル哲学の土台となるのです。

 

精神現象学

「認識と認識されたものは、哲学の理念においては端的に同じものである」とヘーゲルは考えます。近代哲学は主観と客観との対立にとらわれており、しかもそれは意識という主観に中心をおいています。彼にしてみれば、このような認識論は、水に入る前に水泳の練習をするということに他ならないのです。そしてヘーゲルは主観と客観との統一ののち、意識を精神の現象と捉え、その意識の経験を通じて絶対知へと至るという構想を築きあげます。このような「意識の経験の学」(=「精神現象学」)を通じて、われわれはイデア(理念)の領域に達します。「すべての哲学はイデアのうちにある」という彼は、さらにその理念が論理学として構成されると考えます。ヘーゲルの論理学は、このように形而上学と合体したものなのです。

 

弁証法

一切はそれ自身として独立している存在ではありません。「統一において対立を知ること、対立において統一を知ること」がヘーゲルにとっての絶対知なのであり、そこには三つの段階があります。「即自」「対自」そして「即かつ対自」です。即自を否定することでその反対、対自を知ることができ、さらにそれを否定することでふたつは「止揚」されます。つまり、一でありかつ二たる存在として、「即かつ対自」へと統一されるのです。この弁証法によって、論理学は「即かつ対自的な理念の学」と規定されます。この論理学に、「自己の他在における理念の学」としての自然哲学、「自己の他在から自己に還帰する理念の学」としての精神哲学が加えられることで、ヘーゲルの体系は成立するのです。

 

論理学

もともと『精神現象学』は「学の体系第一部」として彼の哲学体系の序論となる予定でした。のちに『エンチクロペディ』としてまとめられた論理学・自然哲学・精神哲学が、その第二部の役割を担います。『エンチクロペディ』において、論理学は三つの部門に分けられます。存在論によって質、量、度量といったものが「他者への移行」という形で表わされ、本質論によって本質、現象、現実性が「他者への映現」となって展開されます。そして概念論が主観的概念、客観、理念を規定し、絶対的理念によってわれわれは主観と客観との統一を果たすのです。自然哲学は力学、物理学、有機自然学という段階を通じて、自然の根底にある精神を顕在化させます。また精神哲学は主観的精神(心、意識、精神)、客観的精神(法、道徳、人倫)、絶対的精神(芸術、宗教、哲学)の三つに分かれます。

ヘーゲルのいう絶対者は、「同一性と非同一性との同一性」をもっており、有限者、つまり人間なしには成立しません。神の自己知と人間の自己知は一体であり、それぞれが他方を介することで、それぞれの自己知に達することができるのです。たとえば宗教は絶対者と人間との合一を、教義や儀式によって遂行しようとしますが、しかしそれは「表象」において行われることにすぎません。哲学はこれを「思惟」によって行います。「存在するものである理性と、精神の本質をなす理性とは一にして同一のもの」なのであり、ここにその合一の余地が残されていると言えます。

 

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