ヘレニズム・ローマ期

ヘレニズム時代の開花に伴い、哲学の舞台はアテナイからシリアやマケドニアといった周辺地域へと移ってゆきます。ヘレニズムからローマ帝政時代にかけては、エピクロス派、懐疑派、ストア派、新プラトン派などの学派が主流となります。彼らの共通の認識は、心の平安(アタラクシアー)です。これが倫理的な実践哲学を生み出しますが、その思想はしだいに宗教的色彩を強めていきます。

 

エピクロス派

エピクロスは真理の根源を感覚に帰し、「すべての感覚は真である」と述べています。さらに哲学が苦悩を癒す医術であるとする彼は、快を第一の善とし、苦を唯一の悪とします。これにより快楽主義者の烙印を押されることとなるエピクロスですが、ここで言う快とは消極的な快であり、肉体的あるいは動的な快はむしろ煩いをもたらすとします。ここにみられる静的な快は、心の平安(アタラクシアー)へと向かいます。エピクロスはこうした快の獲得によって、人生の幸福が得られると考えました。

 

ストア派

ストア派の哲学は、三つの部門に分かれています。論理、自然、そして倫理です。これらが密接に関わりあって、一つの実践的な思想が生まれます。
まず、論理部門において重要となってくるのは、認識論です。彼らの基準はエピクロス派のいうような感覚にあるのではなく、実在の直観的把握に置きます。感覚は私たちを欺く可能性があるので、そこに意志や直観を加味する必要があります。それは彼らが知識について、「ちょうど光が、光それ自体と光のうちに包まれる他の一切のものを明示するように、それ自身とこの想念を惹き起こしたものを共に現す」と記したところからもうかがい知れます。
そして自然部門において、世界が定義されます。ストア派の創始者、ゼノンは、「自然とは、生成をめざし、道にしたがって歩む、造化の火である」とします。世界は循環しており、またその過程は、ロゴスによって秩序づけられるのです。そのため、万物はその定めのとおりに動いてゆくことになります。
それらを統合するのが倫理部門です。「自然にしたがって生きること」がストア派の唯一の善となります。自己のロゴスによって自然と一致することで徳を得るのです。ストア派にとって、それから逸脱することが悪なのであり、健康や富、さらには魂さえも、あくまで相対的なものとして、「どうでもよいもの(アディアボラ)」と分類するのです。

 

懐疑派

懐疑ということばはもともと探究(スケプシス)に由来します。エピクロス派やストア派と同様に、彼らも自然を探究します。しかし事物は、そう見えても、あるいはそう考えても、そうであるというところの真偽までを追究することはできません。そのため、懐疑派は判断停止(エポケー)を実践します。それこそが、心の平安(アタラクシア)への第一歩と考えます。

 

新プラトン派

ギリシア哲学の最後の光芒ともいえる思想を説いたのは新プラトン派のプロティノスです。彼の哲学は、プラトンやアリストテレスの残したイデア論や形相・質料といった概念を一体化したような構造をなしています。プロティノスの提唱する世界は、階層的な構造をなしています。さまざまに分化されたイデアをも超越した存在として一者(ト・ヘン)が君臨します。その下に向い、思惟されるものとして知性(ヌース)が流出し、さらにその下に、知性のロゴス的表現として魂が生み出されます。これらは叡智界と呼ばれ、その対極には感性界が存在します。その感性界において、叡智界から生まれた形相を、質料が受容するのです。
私たちは肉体に拘束されている限りにおいて、感性界に属します。そうした質料的な要素を排除することで純粋な知性となります。さらに、知性や思惟を区分するようなあらゆる形相的なものを廃したとき、魂は突如として忘我(エクスタシス)のうちに、一者との合一を果たすのです。
この様な神秘主義的な思想が、後世キリスト教との関わりあいによって、真理と神を融合するような中世哲学へと発展していきます。

 

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