ライプニッツ

ライプニッツは哲学者であり、歴史家、数学者、物理学者であり、そして外交官でもありました。彼はあらゆる学問に精通し、数学においては独自に微積分法を編み出してニュートンとその優先権を争ったりもしました。ライプニッツはハノーヴァー侯に仕え、政治外交方面で活躍しました。実に活動的な人物で、教授の資格を持っていながら大学での研究活動を拒絶し、そのためかまとまった著作はあまり多くありません。しかしその巨大な業績から、彼は近代ドイツ哲学の父であり、また近世のアリストテレスとまで言われています。

 

モナド

モナドとは「自然の真なるアトム」です。空間の最小構成単位である物質的なアトム(原子)とは異なり、それは不可分で部分も拡がりももたない「形而上学的点」です。「モナドは窓をもたない」というように、それは相互に影響しあうことのない、独立した存在です。物質も精神もその本質はモナドに由来するため、それらは二元論的ではなく連続性をもっています。モナドは同一の宇宙を自らのうちに持っていながら、「表象」を通じて、それぞれの形でそれを写し出します。そのため、モナドは「宇宙の生ける鏡」であるわけです。モナドはその表象の明晰さという点において区別されます。物体は「裸のモナド」であり、動物や植物は霊魂のそれをもち、さらに人間は精神のモナドとして表れます。

 

理性の真理と事実の真理

ライプニッツは真理をふたつの要素に区分しました。すなわち「理性(永遠)の真理」と「事実の真理」です。理性の真理は分析的命題によって導かれる真理です。分析的命題とは述語の概念が主語のそれに含まれるような判断のことです。理性の真理は必然的であり、その反対は矛盾をはらむため、その原理は「矛盾律」となります。逆に事実の真理は総合的命題、つまり述語概念が主語のうちに含まれないような判断によって生まれ、「充足理由律」がその原理です。総合的命題は偶然的でその反対も可能になることから、事実の真理には「なぜにかくあって別様ではないのか、ということの十分な理由」が必要となるのです。

 

予定調和と最善観

モナドは独立した存在ですが、にもかかわらず世界が秩序をもっているようにみえるのは、神が「予定調和」としてそれを定めたからだとライプニッツは考えます。ここに「時計の比喩」というものがあります。彼はあるふたつの時計の時間の合わせるには、三つの方法があるとします。第一にふたつの時計のしかるべき部分を連動させる方法、第二に瞬間ごとに合わせる方法、第三に時計をあらかじめ精密なものとして作っておく方法、の三つです。このふたつの時計を精神と心身とに置き換えてみると、第一の方法では両者が行き交う何かを想定しなければならないため、また第二の方法では神に連続的な奇蹟を強いることになるため、それぞれ否定されます。第三の方法がすなわち予定調和なのであり、「表象」がこれによって秩序づけられることで、デカルトの心身問題の解決が果たされるのです。

さらに神は、この予定調和にみられる事物を、可能的世界の中で最もよいものとして創造しました。ライプニッツはこのような最善観を主張したのです。最善の世界であるはずのこの世界には悪が存在しますが、彼はこれを被造物の不完全性に由来するものとしました。不完全がゆえに悪が可能なのであり、そうしたもの同士の調和こそが最もよい世界の表れなのです。

 

Share on FacebookTweet about this on TwitterShare on Google+