プラトン

政治家を志していたともいわれるプラトンは、哲学を彼に知らしめたソクラテスの刑死と同時に、アテナイの政治に大きく失望します。彼はメガラに逃れたのち、キュレネやエジプトを旅し、初期の対話編を書き上げました。その後の旅行で、イタリアではピュタゴラス派の学者に出会い、またシケリアでシュクサイの僭主ディオニュシオスの義弟ディオンなどとも交わりました。アテナイに戻ったプラトンは、アカデメイアと呼ばれる学園を設立します。アカデメイアの理性とも呼ばれたアリストテレスも、ここの学生でした。この学園はプラトンの没後、900年近くも存続することになります。

 

イデア

イデアはプラトンの哲学を語るにあたり、欠かすことのできない概念です。イデアとは、個物、すなわち個々のものが形成される原型となるものです。ソクラテスのいう美そのもの・善そのものといったものは、美のイデア・善のイデアとして存在します。イデアは永遠不変であり、またそれらは集合してイデア界を構成します。プラトンはイデアに関してのみ、知識(エピステーメ)は可能であると考えます。

では、どのようにして知識は得られるのでしょうか。それは想起(アナムネーシス)によって可能であると考えられます。想起は幾何学を考えるとわかりやすいでしょう。私たちが普段目にする直線や円といった具象図形は、まったく定義通りの純粋図形に比べて、多少なりとも歪んでいます。この世には存在し得ない純粋図形を私たちが認識できるのは、具象図形を手がかりに、そのようなイデアを想起することができるからです。このようにイデア界の存在によって、私たちの可視的な世界は構成されているのです。

 

洞窟の比喩

人間は洞窟の奥に顔を向けて縛りつけられた囚人であるとプラトンはいいます。私たちは背後の灯火によって壁に照らし出された影を眺めることしかできません。そしてしばしば、その影が実在であると思い込みます。しかし哲学者たちは、この洞窟からの脱出を試みます。それに成功した者のみが強烈な太陽(善のイデア)を目の当たりにすることができるのです。最初は目もくらみますが、やがてその本質を理解します。そこで彼らは仲間にそれを伝えようとするのですが、洞窟内の暗さゆえに今度は中を見分けることができなくなってしまいます。こうして理解の得られなくなった哲学者は、しだいに孤立してゆくのです。ここに、刑死したソクラテスの姿を見出すことができます。
ここで重要となるのは太陽の存在です。太陽、つまり善のイデアは、見るものと見られるものとを同時に成立せしめます。善のイデアという光によってこそ、個々のものが照らし出されるのであり、私たちはその光に向かうために精神を純化させねばならないのです。なぜなら、肉体に繋ぎとめられた魂は、もともとイデア界に属していたもので、そこへの回帰を果たすことが、哲学の真の目的であるからです。そしてプラトンはソクラテスが用いたのと同じように、弁証法によってそれが可能になると考えます。

 

プラトンの本

プラトンの著書のほとんどは対話篇です。ソクラテスの対話の相手が、そのまま著書名となったものが多いです。特に『ソクラテスの弁明』、『クリトン』、『饗宴』、『パイドン』はソクラテスを知るための四福音書であると言われています。それらに加え『国家』はイデア論を知るための重要な著作となります。
『国家』以降の後期の作品はかなりの年代的隔たりを置いたもので、イデア論の再吟味、再検討といった形式をなしています。初期は『ソクラテスの弁明』『クリトン』、中期は『饗宴』『パイドン』『国家』、後期は『法律』などが有名です。

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