サルトル

サルトルは1905年、パリに生まれます。33年から給費留学生としてベルリンに滞在してフッサールの『イデーンⅠ』を熟読し、またハイデガーの哲学をも取り込んで、現象学の研究を始めます。人間の心的意識の本質構造を記述する「現象学的心理学」の立場から、『自我の超越』、『創造的なもの』などを発表し、その後『存在と無』を著します。彼はパリで行った講演を『実存主義とは何か』にまとめ上げ、またメルロ=ポンティらと共に『現代』を創刊するなど、第二次大戦後の実存主義ブームを巻き起こしました。

 

対自存在と無

サルトルは意識の在り方を、常に自己自身を意識している存在として、「対自」と規定します。対自は「時間性」における「脱自」によって、己を「超越」する存在です。つまり、「自分があらぬところのもの(過去)であらず、それがあらぬところのもの(未来)であるような存在」なのです。対自存在としての人間の中には「無」が生じます。意識にとって存在するもの、すなわち事物をサルトルは「即自」と呼びますが、それによって自らを「無化」することが、対自存在としての在り方なのです。即自とは「それがあるところのものであり、あらぬところのものではあらぬような存在」です。つまり「自我」とは「意識の中にある」のではなく、「それは外に、世界の中にある。他者の自我と同様、世界の存在である」のであって、これは「主体」というよりもむしろ「客体」です。対自すなわち人間は、即自に対する意識でしかありえず、非定立的な存在です。

そして対自は他者との関係において、「対他存在」として世界内に存在します。他者は「まなざし」を向けることで私を即自として対象化するのですが、私が自由であるためには、己自身も他者をまなざしの対象としなければなりません。両者の「相克」によってこそ人間存在が成立するのだとサルトルは考えたのです。

 

「実存は本質に先立つ」

意識は「それ自身がそれ自身の実存することを決定する、純粋な自発性」です。われわれは未来へと己を「企投」する存在、すなわち自ら企投したものへとなってゆくような「実在」なのであって、そこにはあらかじめ人間を規定するような「人間の本性」なるものは存在しません。「実存は本質に先立つ」のです。そしてまた企投によって成り立つ人間は、自由であらざるを得ません。それに先立つ本質は存在しないのだから、そこには人間の在り方を方向づける何ものも存在しないのです。ゆえに人間とは孤独であり、「人間は自由の刑に処せられている」という言葉をサルトルは残しています。
さらに実存の企投は人類全体をも拘束するため、それに人間は責任を負わなくてはなりません。それには社会への「参与」が必要であり、後年サルトルはマルクス主義に接近し、政治活動も活発に行いました。

 

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