May 05, 2019
デカルトは、近代哲学の創始者ともいえる人物です。10歳のときからイエズス会のラ・フレシェでスコラ的な教育を受けましたが、これに反発。「書物の学問」を捨て、「世界という大きな書物」に挑むようになります。卒業後はパリに滞在して軍隊に入りました。そして23歳のとき冬営でひとり思索を重ねていたとき、突然頭に閃光がきらめき、「驚くべき学の基礎」を発見したと言われています。軍隊脱退後、自然科学の研究を続けるとともに、ヨーロッパ各地を旅行します。1629年からオランダに20年間滞在しましたが、スウェーデン女王クリスティーナに招かれストックホルムにわたり、その翌年肺炎のため亡くなりました。デカルトの座右の銘は「よく隠れたるものは、よく生きたるもの」という言葉であったそうです。
デカルトは学問の土台・基礎の一切を、一から作り上げる必要性を説きます。そのためには、偽の可能性を含むあらゆる知識を排除しなければなりません。これを方法的懐疑といい、デカルトはそこにふたつの段階を見出します。ひとつは、すべての感覚は不確実であるという点。たとえばわれわれは、感受した事物が夢であるという可能性を、完全には否定できません。そして次には、2+3=5のような数学的・理性的知識さえも疑いの余地があるという点です。そのような認識は、「邪悪な霊」がその都度われわれを誤謬へと導いていないとは誰も言い切れないのです。
それでは、数学すらも不確かな世界において、われわれは何を知の基準とすればよいのでしょうか。その答えこそが「我思う、故に我あり(Cogito ergo sum)」なのです。たとえ「邪悪な霊」が私を欺こうとも、それを疑う私自身の存在は疑いえないのではないか、というのがデカルトの主張です。つまり、私とは「思惟するもの」であり、これこそが絶対確実な学問の基礎をなす、第一の原理となるのです。
デカルトによる神の存在証明は、大きく分けてふたつがあります。私は有限で不完全であるにも関わらず、完全で無限なものという観念をもっています。これはア・プリオリな「生得観念(本有観念)」が与えられることに由来し、その原因として神は存在しなければならない、というのがひとつです。そしてもうひとつは、最も完全な存在者としての神は、その観念の中に実在が含まれており、それゆえに神は存在する、というものです。後者はのちにカントによって「存在論的証明」と呼ばれることになります。
そしてこのように証明された神は完全なる存在であるから、欺くことはありません。そのような「神の誠実」があるとすると、「判断する能力」は神に与えられたものであるから、「明晰かつ判明に私に知られうるものは真である」という「一般的規則」が成り立ちます。かくして、懐疑において排除された理性的知識は、改めてその確実性を取り戻すのです。
そして我々は「神の誠実」によって、物体が「延長するもの」として存在することを、「明晰かつ判明」に認識します。「延長するもの」とは三次元的な拡がりをもった位置・形状・運動のことを指します。このように、精神と物体は「思惟するもの」と「延長するもの」とに峻別されるのです。ここにデカルトの二元論が成立します。そして延長は思惟することの一切を排除されているため、スコラの自然学にみられる「実体形相」、つまり自然を構成する超自然的な何か、というような存在は否定されます。したがって自然は、延長でしかないのだから、これは数学的規定よってのみ考察可能となるのです。デカルトにとっては動物ですらこの延長を逸脱していない機械であり、機械論に立脚した自然観が必要とされるのです。しかし、人間は動物とは違い、精神と肉体との合一体です。「思惟するもの」と「延長するもの」は互いに影響を及ぼすことはないのにもかかわらず、人間においてはその統一が果たされているようにみえます。これが心身問題といわれるものであり、デカルト自身も明確な答えを提示することはできませんでした。
『方法序説』『哲学原理』『情念論』など